| 発行年: |
2019.4 |
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| 発行元: |
表象文化論学会・月曜社 |
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目次:
巻頭言「経験と学問、あるいは、影を奪うために」田中純
特集「ファッション批評の可能性」
共同討議「ファッション批評は可能か」平芳裕子+蘆田裕史+牧口千夏+三浦哲哉+門林岳史
「翻訳テクストへの序」蘆田裕史
「ベンヤミンと近代のファッションという革命」ウルリッヒ・レーマン|田邉恵子訳・解題
「ファッション批評の包括的システム」キョン−ヒ・チョイ&ヴァン・ダイク・ルイス|藤嶋陽子訳・解題
投稿論文
「浮遊するカメラ・アイ──ヒッチコック『裏窓』とベケット『フィルム』をめぐって」岡室美奈子
「ミシェル・タピエの「アンフォルメル」概念について──『別の芸術』を中心に」野田吉郎
「王の肖像と装飾──ベルリン新博物館装飾壁画に描かれたフリードリヒ二世をめぐって」三井麻央
「エドワード・ゴードン・クレイグの仮面論と能の受容」山口庸子
書評+ブックガイド
「哲学は形式的告示であらざるをえないのか?──串田純一『ハイデガーと生き物の問題』書評」國分功一郎
「主体の哲学と概念の哲学のあいだで──阿部崇『ミシェル・フーコー、経験としての哲学』書評」柵�鷙�平
「ふたつの名をもつ国際展の定点観測──山下晃平『日本国際美術展と戦後美術史』書評」鯖江秀樹
「シェイクスピア受容研究と「女性史」の更新──北村紗衣『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち』書評」米谷郁子
「文学と映画の結節点としてのグレアム・グリーン──佐藤元状『グレアム・グリーン』書評」高村峰生
「映画/テレビ産業間の闘争と協働──北浦寛之『テレビ成長期の日本映画』書評」北村匡平
「「どこ」への郷愁──岡村民夫『立原道造』書評」串田純一
「「自由」な芸術のアクチュアリティ──木水千里『マン・レイ』書評」利根川由奈
「書かれている順番で読むことの難しさ──福尾匠『眼がスクリーンになるとき』書評」廣瀬純
「見ることと真似ること──平芳裕子『まなざしの装置』書評」北村紗衣